【日本が誇る伝統工芸】団扇絵の歴史と江戸庶民文化の団扇絵について解説

団扇絵とは

団扇絵とは
団扇絵とは四角い紙の上に団扇の形に版画を摺り、それを竹製の骨に貼って使用した江戸から明治時代に描かれた浮世絵の一種です。団扇自体は冷房機器が発達した現代ではあまり使うことがなくなったように思いますが、当時は暑い季節の涼を得るための必需品でした。そんな庶民の生活にも馴染みのある団扇に、有名絵師たちが施した浮世絵は、今のように娯楽のない庶民のささやかな楽しみであったかもしれません。今で言うと人気イラストレーターの絵が描かれたスマホケースなどでしょうか。また近年はあまり見なくなったとは言え、今でも暑い時期になると企業のキャンペーンや販促グッズなどで広告入りの団扇が配られ、お馴染みのものとして残ってる一面もありますね。ではそんな団扇絵について今回は団扇絵の歴史や、団扇絵で活躍した絵師たちをご紹介します。

団扇絵の歴史

団扇絵の歴史
そもそも団扇が中国から日本にもたらされたのは奈良時代にさかのぼります。その後時代を経て、団扇絵としての始まりが確認できるのは1744年に馬喰町で地本問屋を営んでいた3代目上村吉右衛門(江見屋吉右衛門)が堀江町の伊場屋勘左衛門に贈った「大文字屋□図」とされています。そのほかにも鳥居清満らが役者絵、寛政期には喜多川歌麿なども役者絵を描いたことが知られており、歌川一門(豊国 国貞 国芳 貞秀 広重)や葛飾北斎などもかなりの数の団扇絵を残しています。また明治に入ると、広告用として商家などで販売促進用に使われはじめ、有名なものとしては、3代目歌川広重や、河鍋暁斎などが描いたものが知られています。

江戸庶民文化の団扇絵

江戸庶民文化の団扇絵
江戸時代になり平和な世の中になると、庶民も経済力をある程度持てるようになりそれを元に団扇絵も流行したようです。江戸期に描かれた現存している浮世絵の中のモチーフにも、団扇を手にした人物が確認できたり、実際に団扇を売り歩く行商が描かれていたりと、団扇がとてもポピュラーなものであったことが分かります。また最もその盛況ぶりが確認できるのが、歌川豊国によって描かれた浮世絵「永寿堂団扇見世」です。大判3篇によって描かれた当時の団扇屋の様子からは、着物姿の女性が団扇に描かれた絵を熱心に見つめている姿や、骨のついていない団扇絵などを確認することができます。文献によるとこの頃の団扇絵は自分の好みの絵を選べるほどに人気を博しており、オーダーメイドの団扇絵を作れるようになっていたとか。このように江戸時代に団扇絵はまず江戸や京都を中心に商家や裕福な家庭を中心に、その後は参勤交代のお土産品として武士が地方に持ち帰るなどして、徐々に全国へと広まっていったようです。

葛飾北斎の団扇絵

北斎の団扇絵としては、画面に7羽の鶏が描かれた「群鶏図」がよく知られています。描かれている鶏は首を傾げているものや、半目のものなど、どこか滑稽に表情豊かに描かれています。また狭い画面においても活き活きと描かれている描写力・構成力は流石といったところですね。のちに伊藤若冲も同じく郡鶏図を描いていますが、もしかすると若冲も北斎を参考にしたのかもしれませんね。そのほか、北斎の残した団扇絵には「雉と蛇」や「鷹」などの鳥をモチーフにしたものや、旅先の風景を描いた(勝景奇覧)が確認されています。

歌川豊国・国貞の団扇絵

特に役者絵で知られている歌川豊国・国貞ですが、彼らも団扇絵を描いています。 代表作としては、旅情・風景と芸者を描いた「近江八景」シリーズや、当時の時節の行事が描かれた「五節掛物ノ内」シリーズなどが知られています。多彩な色使いと、モチーフになる人物のありありとした表情はもちろん、細かく見ていくと、髪型や、着物など当時の流行が巧みに描かれており、今でいうファッション雑誌や広告として用いられたことも窺い知れます。

歌川国芳の団扇絵

国芳といえば擬人化された猫が有名な浮世絵師ですが、団扇絵の作品にもやはり猫を描いたものが残されており、駄洒落のようなネーミングがつけられた猫たちや、芸者を猫に見立てて描かれたものなど、国芳らしい粋が感じられます。 またそのほかには、舟を漕ぐ船頭や、美人画なども確認できますが、前述の豊国や国貞と比較するとやや定型的な描写に落ち着いているようにも見えます。

歌川広重の団扇絵

ゴッホやモネにも影響を与えた歌川広重、「東海道五十三次」や「江戸名所」シリーズが有名な絵師ですが、非常に多くの団扇絵を残しており、多作であったことでも知られています。豊国や国貞の団扇絵と比較してみると、広重の作品は人物描写もさることながら風景に関する描写力や構図の構成力が特徴的です。役者絵、美人画というよりもむしろ、風景画や花鳥図に活路を見出した広重といったところでしょうか。また雪や雨の描写や、独特な遠近法もぜひ見ていただきたい絵師です。

歌川房種の団扇絵

前述の歌川一門の絵師たちと比べるとあまり知られていない印象の房種(ふさたね)は江戸末期から明治初期にかけて活躍した浮世絵師です。房種の団扇絵のモチーフには主に細目で吊り目の美人画が描かれています。また極彩色の色使いや、朱色を多用していることも特徴としてあげられるかもしれません。芸者と江戸の名所を描いた「江戸名所」シリーズを見てみると、やはり魅せられるのが鮮明な色使いです。花や、着物の柄など、とにかく鮮やかでありめでたい。また単に風景+人物を描くばかりではなく、風景を描いた巻物の前に人物を描くなど構図にも創意工夫が凝らされています。豊国や国貞の頃と比べると時代を経ることによって文化的にも豊かになっていったであろう当時の世情も感じられますね。

まとめ

以上が団扇絵についてのご紹介になります。広重、国芳というと、浮世絵の一枚絵を想像しがちですが、そういった大作の陰ではしっかりと仕事をしていたことがわかりますね。何かのキャンペーンやノベルティ品として配られる団扇の原点は団扇絵であったことを意外に思われたかもいらっしゃるかもしれません。また並べてみるとそれぞれの作家らしさや創意工夫、革新に挑んだであろう葛藤すら感じることができ、小作品とは言え、非常に見応えがあります。 今回ご紹介した作品は主に国内所蔵のものが中心になりますが、例えば広重や国芳の作品は海外に流出してしまったものも多く、今後新たな作品が発見される可能性も大いにあるのではないでしょうか。 SDGsや環境問題がよく問題視される昨今、文明の利器に頼りっぱなしになることなく、夕涼み、そよぎ風と共に、団扇に描かれた絵を楽しむのもいいかもしれませんね。
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