有田焼(ARITAYAKI)とは?その歴史と由来もご紹介

有田焼(ARITAYAKI)とは?その歴史と由来もご紹介
佐賀県有田町で生産されている日本の伝統工芸品「有田焼」は、国内で人気をもつ磁器というだけでなく、世界でもARITAYAKIとして認知されている有名な工芸品です。 そんな有田焼に、400年という長い歴史の中で作り上げられてきた魅力があるのをご存じでしょうか。

この記事では、有田焼の特徴や魅力のほか、長く培われてきた歴史について解説しています。 また、九州地方で有名な磁器との違いや有田焼を中心としたイベント情報についても紹介しているので、ぜひチェックしてみてください。

有田焼とは?

有田焼とは?
「有田焼」という名前を聞いたことがある人も多いでしょう。 ただ、具体的にどのようなものかわかっていない人もいるはずです。

まずは有田焼の特徴を3つのポイントで解説します。 有田焼について知るためにも、ひとつずつチェックしてみてください。

有田焼について

有田焼とは、佐賀県有田町と、その周辺地域で製造されている磁器のことです。 自然から採れた粘土を使い、窯で焼き上げて作る焼き物であり、17世紀初頭から登場しました。

有田焼は、焼き物で有名な「柿右衛門様式」「鍋島焼」の原点であり、シンプルなつくりと色鮮やかな見た目が国内だけでなく、世界からも注目されています。

また有田焼は「世界料理学会 in ARITA」など、世界的にも有名なイベントで用いられることが多く、磁器という持ち味を活かすことによって現代でも衰えない人気を持ち続けています。

有田焼の特徴

やはり、有田焼の特徴と言えば、透き通るような真っ白な見た目です。 これは「白磁」と呼ばれ、非常に薄く作り上げられることから、まるでガラスのような手触りと音を楽しめる繊細な磁器です。

真っ白な磁器には、有田焼特有の鮮やかな模様を落とし込む「絵付け」が映えるのも特徴的です。

有田焼を起源として多数の絵付け職人を生み出したことも有名であり、陶磁器ファンを魅了する伝統工芸品として親しまれています。

人気の理由

有田焼が現代でも人気を持つ理由は、その美しさにあります。 真っ白な磁器の上に藍色の模様が描かれており、シンプルながらもデザインのバリエーションが豊富にあることから、表現豊かな見た目を楽しめます。

また、有田焼は飾り物として人気を集めるだけでなく、実用性にも優れています。 とくに煮物や山菜を使った料理との相性が良く、料理をより美味しく華やかに魅せてくれるのも人気の理由です。

有田焼の歴史

有田焼の歴史
佐賀県有田町で生まれた有田焼ですが、この磁器はどのような歴史を経て現代まで人気を維持し続けてきたのでしょうか。

ここでは、その歴史を紐解くために、現代を含む4つの時代における有田焼について解説します。

有田焼のことを深く知るためにも、ひとつずつ見ていきましょう。

江戸時代

有田焼が誕生したのは17世紀初頭である1610年代だと言われています。 この当時はちょうど「豊臣秀吉」が朝鮮出兵を出した時期であり、有田という地域で巨大な白磁鉱が発見されました。

白磁鉱が見つかったとわかり、すぐ近くに窯元である「天狗谷窯」が作られました。 そこで焼かれた磁器が有田焼の原点であると言われています。

この有田焼を生み出したのは、朝鮮出兵より連れ帰られた「金ヶ江三兵衛(かながえさんべえ)」であり、朝鮮名を李参平と言います。

有田焼の美しさはすぐに全国に広まり、江戸時代には13か所の窯場が作られました。 この時代には大量に有田焼が作られていたそうです。

また、この時代の有田焼は現代のような藍色の磁器ではなく、日中朝から様々な顔料を集め、色鮮やかなデザインだったと言われています。

明治時代

江戸時代が終わり、明治時代に入ると、ドイツ化学者である「ゴットフリード・ワグネル」が日本にやって来て、有田焼の文化を学びました。

その技術と美しさをヨーロッパに持ち帰ったワグネルは、万国博覧会で有田焼を公開し、出品作品が大好評となり、海外貿易なども盛んに行われだしました。

ヨーロッパで万国博覧会があるたびに出品されるほど、常連の工芸品となった有田焼は、その後も様々な賞を獲得していきます。

明治時代は有田焼認知の時代と言っても過言ではありません。

大正時代以降

大正時代に入ると、生産の機械化や自動化が進み、より多くの磁器が生産されていきます。 有田焼も例にもれず大量に生産されていました。

しかし、昭和時代に入るとすぐに戦争がはじまります。 戦時中は窯元を運営することが難しく、軍事工場として利用されていたと言われています。

なんとか戦争を乗り越え、有田焼が再興されることとなり、昭和30年~40年代には、生産・売上も回復していきました。 この時代には、有田焼にも多様性が生まれており、磁器を作るほかにも、タイルや碍子など、様々な焼き物が登場しました。

現代

現代の有田焼は、歴史を感じるレトロブランドの他にも、現代チックなデザインを取り入れたモダンブランドが登場しています。

国内外の有名アートディレクターと共同開発を行うなど、更なる多様性が生み出されているのです。

利用される染料の種類も豊富にあり、有田焼のデザインは数えきれないほど増えました。

酒井田柿右衛門について

酒井田柿右衛門について
有田焼が生まれた町、佐賀県有田町では「酒井田柿右衛門」という名称ををよく目にします。 これは、陶芸家「柿右衛門」の子孫が襲名する名称のことであり、現在では第15代酒井田柿右衛門が活動を行っています。

柿右衛門の後継者は皆、赤色の上絵を焼き付ける技法を使い磁器を製造しています。 この技法を「柿右衛門様式」と呼び、花鳥風月をイメージした多彩な色使いの磁器が生み出されていきました。

酒井田柿右衛門が作り出した作品は、重要無形文化財に指定されることが多く、その理由から有田町ではその名を知らない人がいないほど、有名になっていきました。

有田焼と伊万里焼の違い

有田焼と伊万里焼の違い
有田焼が生まれた佐賀県有田町の近くに、長崎県で生まれた「伊万里焼」という磁器があります。

この焼き物の違いは何なのでしょうか。 その答えは生産された時代が関係しています。

まず、この焼き物は生まれは同じ有田焼です。 江戸時代、船での輸送を行っていたことが関係し、有田で作った焼き物を伊万里の港から輸出していました。 そのことを受けて全国では伊万里焼という名前で呼ばれだしたのです。

また、明治時代以降になると、明確に有田焼、伊万里焼と名称が分かれ、2つの名称が生まれたと言われています。

有田焼と波佐見焼の違い

有田焼と波佐見焼の違い
伊万里焼とは別に、長崎県には「波佐見焼」という磁器も存在します。 この違いは、生産地域が異なるだけでなく、利用用途が異なる部分にあります。

有田焼は高級磁器ということもあり、飾り物として用いられることが多いのですが、波佐見焼きは日用食器を目的にリーズナブルな価格で提供されています。

シンプルな絵付けのみを行ったのが波佐見焼となりますので、地域は近くとも目的などが大きく異なるのが特徴的な焼き物だと言えます。  

毎年ゴールデンウィークに開催!有田陶器市について

毎年ゴールデンウィークに開催!有田陶器市について
有田焼についてもっと深く理解したいのなら、毎年ゴールデンウイークに開催される「有田陶器市」を訪問してみてはいかがでしょうか。

このイベントは有田町の町内一円に店舗が並び、職人が作り上げた様々な磁器を購入できます。

全国から100万人が訪れるほど人気があり、このイベントでは有田焼を使った食事を楽しむことができることから、観光にぴったりのイベントだと言えます。

ガイドマップなどの詳しい情報は、公式HPに掲載されているので、来年のゴールデンウイークの観光にいかがでしょうか。  

まとめ

以上、佐賀県有田町が誇る伝統工芸品「有田焼」の特徴と魅力をご紹介しました。

職人の手によって丁寧に絵付けされた有田焼は、現代でも通用するオシャレなデザインが人気を集めています。

毎年ゴールデンウイークになると、有田町一円でイベントが開催されるため、魅力あふれる町「有田町」やそこで作られる「有田焼」に興味を持っていただけたのなら、この機会に訪問してみてはどうでしょうか。  

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